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【蓮】(はす) [日刊☆こよみのページ]

【蓮】(はす)
 (「はちす」の略)スイレン科の多年草。インドなどの原産。古く大陸から渡来した。仏教とのかかわりが強く、寺院の池、また池沼・水田などに栽培。長い根茎は先端にゆくほど肥大し、ひげ根を出す。葉は水面にぬき出て、円く楯形で直径60センチメートルに達し、長柄がある。夏、白色または紅色などの花を開く。普通16弁。果実・根茎(蓮根れんこん)などを食用。古名、はちす。夏の季語。《広辞苑・第六版》

 これを書いているのは、2021/7/24。昔々、中国では六月二四日(いわゆる旧暦による日付)は観蓮節とよばれ、この日には蓮の花を愛でる観蓮会が行われていたとか。この中国の慣習は日本にも伝えられ、日本でも観蓮節が行われるようになりました。現在は、この風習を月遅れで行う地域が多いとのことで、今日は月遅れの観蓮節にあたることから、コトノハで「蓮」を取り上げることにしました。蓮はインド原産とされますが、日本でも新生代第三期~四期の時期の化石が発見されているとのことなので遠い昔は、蓮の仲間が自生していたのでしょう。現在の蓮はインド原産のものが渡来したもとだとしても、2000年以上前の地層から発見された大賀蓮の例を見ればわかるとおり、弥生時代には既に日本でその花を咲かせていた、歴史の古い花です。蓮は仏典によれば釈迦が生まれたとき、母の摩耶夫人の周囲に咲き乱れていた花で、釈迦はその花の一つの中に立って「天上天下唯我独尊」と第一声を発したといわれています。その真偽の程はさておくとして、泥沼に生えて泥に染まらず、真っ直ぐに茎を伸ばして清浄な美しい花を咲かせる蓮に、何か神聖なものを感じていたことは間違いないでしょう。

◇観蓮会のタイミング
 蓮の花は、1日目には午前5~6時頃から花が開きだし、完全には開ききらないまま、午前8時頃には閉じてしまい、2日目には未明から開き始め、朝に開ききって昼頃には再び花を閉じてしまいます。3,4日も同様に花を開きますが、4日目には開ききってから外側の花弁から脱落し始めて、花を終えるとのこと。なかなか時刻にうるさい花ですので、この気むずかしい花を楽しむためには、早起きすることが肝要なようです。ちなみに、「蓮の花が開くときにはポンッと音をたてる」といわれますがどうやらこれは事実ではないようです。でもあれだけ大きな花ですから、何となく「ポンッ」という音が聞こえてきそうな気はしますね。明日の日曜日、早起きして蓮の花を長めに行こうかな。まだ涼しい早朝の空気を感じながらね。(「2021/07/24 号 (No.5411) 」の抜粋文)

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桐始めて花を結ぶ [日刊☆こよみのページ]

□桐始めて花を結ぶ
 本日から大暑の期間に入ります。二十四節気をさらに細分化した七十二候では大暑の初候、七十二候全体では三十四番目にあたる

  桐始めて花を結ぶ (きりはじめて はなをむすぶ)

 の季節となりました。

◇桐の花?
 「桐始めて花を結ぶ」と有ります。桐の花と言えば、薄紫色のきれいな花で、 5月頃に咲くものです。その桐が今頃「始めて花を結ぶ」というのはどうも変ですね。何かの間違いでしょうか?七十二候は元々は中国で生まれたもので、それが輸入されたものですから中には日本の風土に合わないものもあって、そのため日本に入ってから何度か日本風の七十二候が作られており、こうしたものを「本朝七十二候」などと呼びます。日本生まれの七十二候という意味ですね。今回採り上げた「桐始めて花を結ぶ」も本朝七十二候の一つ。江戸時代の初期に作られた貞享暦(じょうきょうれき)から採用されています。中国直輸入の七十二候であれば、中国と日本の風土の違いで説明をつけることも出来ますが、本朝七十二候だとそういうわけには行きません。江戸時代とでは気候が違うとも言えませんからね。なんだか変なこの言葉の謎への回答は・・・「桐」の違いでした。桐は桐でもこの桐は梧桐(あおぎり)。桐とは違う植物を「桐」と呼んでしまったもののようです。

◇梧桐(あおぎり)
 梧桐は青桐とも書きます。その名の由来は若い木は大きくなってもその幹が緑色をしていることからだと言われます。その大きな葉っぱは確かにどことなく桐の葉っぱに似ていなくもありませんので、梧桐と呼ばれるようになったようですが、植物学的な分類では全く別の植物で、桐の仲間ではありません。

  ※桐(キリ):ゴマノハグサ科 梧桐(アオギリ):アオギリ科

 梧桐の花の咲く時期は 7月頃ですから、こちらなら違和感はないですね。梧桐は生命力旺盛で、伐られても切り株から蘖(ひこばえ)となってすぐに成長を始めるほどで、庭木や街路樹に使われることがありますので、皆さんも身の回りを良く見回せばこの木を見つけることが出来ると思います。いまは、「桐始めて花を結ぶ」時期なので花も見えるはずですが、花は白く小さく、あんまり花という感じの花では有りませんし、背の高い木では大きな葉っぱの陰に隠れてしまって目立たないかもしれません。梧桐ってどんな木? と思う方は、

 『白岩先生の植物教室』・・・アオギリ1
  ⇒ http://www2.kobe-c.ed.jp/shimin/shiraiwa/aogiri/aogi1.html

 『白岩先生の植物教室』・・・アオギリ2(アオギリの花)
  ⇒ http://www2.kobe-c.ed.jp/shimin/shiraiwa/aogiri/aogi2.html

 などでご確認ください。「あ、この木か」とわかってみると、結構公園や街路でも見かける木ですので、見かけたら枝を見上げて、その先に咲いている地味~な花を探してみてください。(「2021/07/22 号 (No.5409) 」の抜粋文)

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夏土用 [日刊☆こよみのページ]

□夏土用
 本日は夏の土用の入りです。土用は四季それぞれの間に挿入された期間で、年 4回有ります。今回の土用は、夏と秋の間の土用。夏の終わりの土用なので、夏の土用と言います。今回の土用は、7/19~8/6 の19日間。また夏土用と言えば土用の丑の日を思い出しますが、この間の「丑の日」は7/28の一回。今年は二の丑の日はありません。ちなみに現在の土用入りの定義は、太陽中心の視黄経(しこうけい)で決まっており、以下のようになっています。

  春:27° , 夏:117° , 秋:207° , 冬:297°

 今日は夏土用の入りなので、太陽の視黄経がこの角度になる瞬間が来るはずです。ちなみにその時間は20時頃です。

◇土旺用事(どおうようじ)
 土用はもともと、土旺用事(どおうようじ)と言ったものが省略されたものです。「旺」は「さかん」という意味があります。土用の「土」はもちろん五行説(ごぎょうせつ)の土気を表しますから、土用は「土気の旺盛な時期」と言うことです。この土気の旺盛な時期には、土公神(どくじん)という神様がさかんに働く時期だと言うことで、この土用の間に土をいじりまわすと、この土公神を傷つけることになり、怒りを買ってしまいますので、土を掘り返すような行為を慎まなければならない時期とされています。土用の期間、どんなことをしてはいけないと考えられているかと言えば、井戸を掘ること、建物の基礎工事、壁塗り、農耕などなど「井戸掘り」は現代は少なくなっているでしょうが、現代なら替わって下水道工事などがこれにあたるでしょう。江戸の昔には絶対になかったでしょうが、きっと「地下鉄工事」なんていうのもダメなんでしょうね。まあもちろん迷信では有るのですが、でも迷信てその業界関係者の間には一種の業界内慣習として根強く残っていることが有るようで、こよみのページにも時折、水道工事などを行う会社の方から土用の期間や、土用の間日(まび)などの問い合わせがあります。

  ※土公神・・・陰陽道の神で土を司るとされている。


◇土用の間日
 土用の間日と書きましたが、これは何かというと、迷信にも抜け穴があるようなものです。だいたい土用の期間というのは1回に19日程度ありますから、この期間中土を掘り返しちゃいけないといったら、畑の農作物だって枯れてしまうかもしれませんし、壁の塗り途中で放置されては、新築の家だって、完成した時点で傷んでいそうですよね。こうしたことを今より気にした昔の人たちだって、こんなに長い期間では困るので、時々土用にも「休み」の日を作っています。それがこの間日です。この土用の休みの日は、例の土公神様が文殊菩薩に招待されて天上に昇っている日とされます。鬼の居ぬ間に洗濯ではありませんが、土公神様が地上にいない間なら土を動かしてもいいというわけです。それにしても、陰陽道の神である土公神を文殊菩薩が招待するって、なんだか不思議な関係。「こじつけ」って言われても仕方なさそうですね。ちなみに、今年の夏土用の間日は、7/19,23,30,31,8/4の5日間です。他の年の間日の計算や、間日の計算方法を知りたい方は、

  http://koyomi8.com/sub/doyou.htm (土用と間日・丑の日計算)

 をご覧ください。

◇夏土用と健康管理
 夏の土用は、一年でももっとも暑い時期で、この間が「暑中」ですね(他に、小暑~大暑の間だとされる場合もあります)。土用はこのように猛暑の時期なので、昔から健康管理のための食養生の習わしがあります。もっとも有名なのが「土用の丑の日のウナギ」ですが、ほかに、土用餅、土用シジミ、土用卵・・・のように栄養価の高い食物を食べて夏を乗り切ると行った風習が各地に残っています。食物ではありませんが、「土用灸(どようきゅう)」といって、お灸をするとよく効くとも言われます。いずれも「健康管理に気をつけましょう」といった意味でしょうね。皆さんも暑い夏、健康管理にはくれぐれもご注意を。

 【関連記事】
  土用のはなし http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0420.htm
  土用丑の日(ウナギの日?) http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0700.htm

                         (「2021/07/19 号 (No.5406)」の抜粋文)
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【蝉の羽月】(せみのはづき) [日刊☆こよみのページ]

【蝉の羽月】(せみのはづき)
 (薄い着物を着るからいう) 陰暦6月の称。《広辞苑・第六版》

 梅雨明け前ですけれど本日は、早朝からよい天気。お日様が照りつけて暑い一日となりそうです。窓を開けると外から、「ジージー」であるとか「ミンミンミン」といった蝉の声がうるさいほどに聞こえてきます。うるさいほどと書いてしまいましたが、決して嫌な音ではありません。それどころか、夏らしい好ましい蝉の声です。蝉の声からの連想で本日取り上げることにしたのは旧暦の六月の異称の一つである、「蝉の羽月」です。「蝉の羽」といえば蝉のはねのような薄い着物と言う意味があります。源氏物語夕顔には「蝉の羽もたちかへてける夏衣」という表現が登場します。襲(かさね)の色目にも「蝉の羽」が有ります。その組み合わせは、表は檜皮(ひわだ)、裏は青だそうです。夏蝉の鳴き出す時期は地方によって大分違うでしょうが、東京近郊を例として考えると大体6月末~7月初め(共に新暦の日付)辺りであったそうです。この時期というと半夏生の時期に一致しますので、蝉を「半夏虫」と呼ぶこともあるそうです。半夏虫と呼ばれる蝉の鳴き出す頃、蝉の羽を思わせる薄衣を身につける月、その月の名前が「蝉の羽月」とは、何とも優雅ですね。心配なのは、地球温暖化の影響か、はたまた都市のヒートアイランド現象のためか、昔に比べて気温が上がって蝉の初鳴きの時期が早まっているとのこと。それと、気温が上がって「蝉の羽」のような衣でも暑くてたまらなくなってしまうことですかね?もっとも、そんな暑い季節が長くなることは、個人的には嬉しいことなのですけれども。(「2021/07/17 号 (No.5404) 」の抜粋文)

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そろそろ梅雨明け? 暦の上の出梅の話 [日刊☆こよみのページ]

■そろそろ梅雨明け? 暦の上の出梅の話
 近畿、東海地方では記録的に早い梅雨入りとなった(関東以北は帰って遅めだったかな?)今年の梅雨ですが、7月も中旬にはいってくると、ぼちぼち明けないかななんて思っちゃいますね。令和3年の気象庁の梅雨明けの速報を見ると

  沖縄 7月2日頃 平年より11日遅い
  奄美 7月3日頃 平年より 4日遅い

 となっています。現在住んでいる近畿地方や、今年の春まで暮らしていた関東地方の梅雨明けは平年ではどちらも7月19日となっていますから、もうそろそろですね。ちなみに本日は朝から晴れ。大分蒸し暑い日曜日となり、窓を開けると蝉の鳴く声が騒がしく感じるほど。冷房が嫌いな私でも、冷房入れちゃおうかなと考えるような天気です。でも、まだ梅雨明けの宣言は出ないみたいだな?

◇暦の上での「出梅」
 気象庁からの梅雨明け宣言はまだのようです(沖縄、奄美地方の皆さん、ご免なさい。私の住んでいる近畿地方基準で話を進めさせてもらいます)が、暦の上ではどうでしょうか?現在の国民生活に係わる暦の情報は基本的に国立天文台が作成し公表しています。その暦情報の中には「入梅」と言う文字が登場します。暦の上の梅雨入りの日です。暦の上の梅雨入りの日の計算方式はいくつかありますが、国立天文台が発表する現在の計算方式では、太陽の中心の視黄経(黄道座標とよばれる天球の座標の経度方向の角度)が80°を通過する日となっていて、今年(2021年)は6月11日が、その「暦の上の入梅」の日でした。さてさて、暦の上の梅雨入りがあるのであれば、これに対応する暦の上の梅雨明けの日がありそうですが、国立天文台が作成した暦要項には「入梅」の文字はあるのですが、これに対応する梅雨明けを意味する「出梅」の文字はありません。あらら、なんだかアンバランス。では、暦の上には「出梅」は無かったのかというと、古い暦には「出梅」の日があった時代もありました。暦の上には暦と季節の動きを結びつける季節点が幾つもあります。有名なところは、二十四節気がそれです。今回取り上げようとしている出梅やこれと対となる入梅などもまたそうした暦と季節をつなぐ季節点の一つです。こうした季節点の多くは現在は太陽の黄道上の位置で決められていて、既に書いたとおり、入梅なら太陽の視黄経が80°となる日といった具合です。現在は、ダイレクトに太陽の黄経と結びつけて求めることが多いのですが昔は、二十四節気との関係で表すことが多く、「入梅は『芒種』以後の最初の壬(みずのえ)の日」のように決めることが普通でした。二十四節気は太陽の位置に基づいて決定されているものですから、二十四節気を基準にすると言うことは、間接的にやはり太陽の位置から求めていると言うことが出来ます。「最初の壬(水の兄)の日」辺りには、梅雨だから水の気と関係が有るに違いないという、五行説の考えが垣間見えます。さて、「出梅の話」なのに入梅の話ばかりしておりますが、その理由は出梅は入梅に比べるとあまりぱっとせず、定義もはっきりしないからです。入梅は太陽視黄経が80°の日とされているのですが、出梅はというと、はっきりした定義は無さそうです。入梅があって出梅がないというのもバランスの悪い話ですので、何か手がかりはないかというと、昔の出梅の定義が有りました。それは「出梅は『小暑』以後の最初の壬の日」と言うものです。入梅が芒種以後の最初の壬の日でしたから、出梅が小暑以後の最初の壬の日というのは、なかなか判りやすい。後半の「最初の壬の日」のために年ごとの入梅や出梅の日の太陽視黄経は同じ値にはならなくなってしまいますが、それでも平均すると入梅はだいたい現在の定義である太陽視黄経80°あたりとなります。出梅もこれと同じ規則だと考えれば「小暑以後の最初の壬の日」の太陽視黄経は平均すると 110°程になります。これを現代の暦の上の出梅の定義だと考えて、この日を計算してみると、

  2021年の太陽視黄経が 110°となる日 → 7/12

 となります。明日ですね(だから、強固の話題にしたのですが)。ちなみに、古式ゆかしく「小暑以後の最初の壬の日」を計算すると、7/13となります、先の太陽視黄経が 110°方式と1日だけ差。なかなかいい具合じゃありませんか。

◇今年の出梅の日
 現在の出梅の日にあたる気象庁による梅雨明けの日の発表は、近畿地方ではまだ。それらしい話もまだ何も聞こえてこないので、もう少し先になるのかな? 暦の上の出梅の日は、そろそろなんですけどね?早くからっとした、夏の天気になって欲しいなと思う今日この頃のカワウソでした。(「2021/07/11 号 (No.5398)」の抜粋文)

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カボチャ、2回目の収穫です! [菜園便り]

昨年は不作だったので今年は花合わせ(人工受粉)をし、カボチャの底にシート敷き、
気を入れて育てました。結果は見事!努力は報われますねヽ(^o^)丿

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明日の雨は「虎が雨」 [日刊☆こよみのページ]

■明日の雨は「虎が雨」
 【虎が雨】(とらが あめ)
 陰暦 5月28日に降る雨。この日、曾我十郎が死に、それを悲しんだ愛人の遊女虎御前の涙が雨となって降ると伝える。虎が涙。曾我の雨。夏の季語。 《広辞苑・第六版》

 暦のこぼれ話ならぬコトノハ風のスタートです。コトノハに書こうかと迷いましたが、言葉の意味というより時候の話題ということで、暦のこぼれ話での登場となりました。広辞苑の説明では「陰暦 5月28日に降る雨」とありますから、今年で言えば明日、7/7 がその日となります。本来であれば明日書くべきかもしれませんが、明日は七夕の日と言うことで、きっと「暦の話」が色々ありそうなので前倒しいたしました。

◇曾我兄弟の仇討ち
 虎御前が涙を流す元となった曾我十郎はその弟曾我五郎と共に父親の仇を討った「曾我兄弟の仇討ち」の主役です。曾我兄弟の仇討ちは建久 4年 5月28日(1193年)。現在使われるグレゴリウス暦に換算すると 7/4となります(ユリウス暦では6/28)。仇討ちというと「江戸時代」とつい思ってしまいそうになりますが、曾我兄弟の仇討ちは鎌倉時代も初期の頃。大分古い時代の仇討ちです。曾我十郎の父親の河津祐泰は他人の所領争いのとばっちりを受けて死んでしまいました。その時、十郎はまだ 5歳。弟五郎は 3歳だったとか。曾我兄弟が仇討ちを実行したのはその17年後のことでした(十郎22歳、五郎20歳)。仇自体は討てましたが、その後二人は取り押さえられ、十郎は斬り死に、五郎は捕縛され後に処刑されています。この曾我兄弟の仇討ちは後に「曽我物語」として物語として描かれ、広く知られるようになりました(日本三大仇討ちの一つとされています)。

◇虎御前と虎の雨
 虎御前は大磯の遊女で、曾我十郎の内妻(十郎は仇討ちを実行して死ぬつもりだったので正式な嫁取りをしなかったとか)。十郎が念願かなって仇討ちを成し遂げ、そして亡くなったこの日に降る雨は、十郎の死を悲しむ虎御前の涙だとされています。ただ、考えればわかるとおりこの時期は梅雨時。ほとんど毎日のように雨が降る時期ですから、雨が当たり前。三年に二度は雨が降るとか。江戸時代に書かれた本などにはわざわざ、虎の雨の史実に拘はる事なかれと注意していますが、わざわざ言うまでもないですね。明日、雨が降ったら「ああ虎が雨だ」と思っていたって悪いことはないでしょうね。ただし、明日「虎が雨」が降ってしまうと、織女と牽牛とに恨まれてしまいそうなので、降ってもらっちゃ困るのかな?ま、いずれにせよ、降るも降らぬもお空の事情で、人間の事情ではいかんとも出来ませんけれどね。(「2021/07/06 号 (No.5393) 」の抜粋文)

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「半夏生」の生える頃 [日刊☆こよみのページ]

□「半夏生」の生える頃
 明日 7/2は半夏生(はんげしょう)。半夏生は七十二候の一つであり、かつ雑節の一つにも数えられています。昔は「半夏半作(はんげはんさく)」といい、この日までに田植えを終えられれば、なんとか平年作の半分の収穫は見込めるという田植え終了の時期の目安となっていました。ただ、「目安となっていました」と過去形で書いたとおり、現代ではこの話は通用しないでしょう。現在の田植えの時期は稲の品種改良によって寒冷に強い早生種が稲作の主流となっているため、半夏生の時期より2か月程早くなっていますので、いかに田植えが遅れたとしてもこの時期というのは流石に考えにくいというのがその理由です。気候や暦の仕組み以外にも、こうした情勢の違いから、伝統行事の意味が分かりにくくなってしまうことはよくあることです。もっとも、「なぜこの日が?」と云った疑問から行事の意味を考えることで、人間社会の変化を垣間見ることが出来るのも、暦の楽しみの一つかもしれませんが(負け惜しみみたいに聞こえる?)。現在では、こうした変化のために実生活での節目としての役割は薄らぎ、その「半夏生」という、ちょっと不思議な名前から「そう言えば・・・」と思い出される日になっています。この日は天から毒気が降り山菜や筍などに宿るため、こうした物をとって食べるのを忌むとか、井戸に毒がしみ込むのを防ぐため蓋をしなければならないといった迷信がありました。流石に今は信じている人はいないと思いますが、そうした慣習は残っているかも知れませんね。

◇「半夏生ず」か「半夏生生ず」か
 七十二候の半夏生の名前は元々は「半夏」という植物が生える(生ずる)ということです。半夏はカラスビシャク(烏柄杓)というサトイモの植物のことです。どんな植物かは、AOKIさんの仮想電子植物園などご覧下さい。

 ※ http://urx3.nu/KOp7 AOKIさんの仮想電子植物園・烏柄杓

 さて、本家の「半夏」はこの植物ですが近頃は、半夏生というと「半夏生」という名前の植物が紹介されることが多くなっています。こちらの姿もAOKIさんの仮想電子植物園を参照させていただきます(↓)。

 ※ http://urx3.nu/KOp9 AOKIさんの仮想電子植物園・半夏生

 こちらはドクダミの仲間の植物です。この植物は夏の頃花を咲かせるのですが、花が咲く頃になると葉っぱの白化現象が起こり、緑色の葉っぱが付け根から半分ほど白くなってしまいます。この白くなったところがまるで白粉を塗ったかのようだということで半分だけ化粧したもの、則ち半化粧(ハンゲショウ)から、この白化現象が起こる時期とその発音との一致で「半夏生」と呼ばれるようになったのだとか。ちょっと笑い話になりそうな話ではあるのですが、確かにこの「半夏生」の姿を見ればわからないでもないと思えます。ただし残念なことにこの半分化粧した半夏生ですが、現在ではあまり見かけることがなくなってしまいました。私が実物を見たのは、神戸に住んでいた時代に、六甲山の自然公園(のような場所)で、沼のほとりに群生している姿を見たのが最後です。

  半夏 と 半夏生

 「半夏生」という植物が無くなってしまうと、今日のような話も書けなくなってしまいます。日刊☆こよみのページの話題のためにも、いつまでも無くならないでいて欲しいものです(あ、「日刊☆こよみのページ」が無くなる方が流石に早いか?)。(「2021/07/01 号 (No.5388)」の抜粋文)

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夏越の祓(なごしのはらえ) [日刊☆こよみのページ]

□夏越の祓(なごしのはらえ)
 明日は六月の最終日。一年の上半期の最後の日です。この日の行事として思い浮かぶのは、夏越の祓。六月の晦日の行事です。夏越の祓はまた、水無月の祓(みなづきのはらえ)ともいいます。文字についても昔は、名越の祓と書いたそうです。旧暦で言えば六月は、夏の終わりの月でもありましたので、「夏越の祓」と呼ばれます。

◇夏越の祓と大祓
 夏越の祓と対になる行事が十二月にもあります。これを大祓(おおはらえ)といいます。普通は大祓といえば十二月の晦日(みそか)に行われる祓えを指しますが、夏越の祓を大祓と呼ぶこともありますし、両者の総称として「大祓」と言うこともあります。十二月の大祓は言わずとしれた、その一年の穢れを祓って新しい年を迎えようと言う行事で、大祓の後には「正月」という晴れの行事が待っています。では夏越の祓はといえば、同様に一年の前半が済んだところでその半年の穢れを祓い、清浄な身で「盆」という晴れの行事を執り行います。西日本ではこの夏越の祓に、「サネモリオクリ」などの虫送りの行事が行われることがありますが、これは収穫の秋に向かって、禍を除こうとするもので、禍が積み重なった穢れの結果に呼び寄せられるという考えが垣間見られます。禍が来ないように、穢れを除こうというわけですね。

◇夏越の祓の行事
 夏越の祓の行事としてよく見られるものが、「茅の輪くぐり」。茅(ちがや)で大きな輪を神社の境内に作り、この茅の輪をくぐることで病気や禍を免れようと言う神事です。「水無月の夏越の祓する人は千歳の命延というなり」と唱えながらこの輪を、先ず左足から踏み入れ 8の字を描くように 3度くぐるのが正しい茅の輪くぐりだそうです。他に、神社で紙で作った形代(かたしろ、人形)に姓名・年齢を書いて、これで体を撫でて自分の穢れをこの形代に移し、これを河などに流す行事が有ります。ところによっては穢れを移すものが藁の人形であったりと、形は多少異なりますが、同種の行事があちこちに残っています。この形代に穢れを移して河に流すという行事は、禊ぎ(みそぎ)の行事が形式化したものと考えられます。

◇茅の輪と蘇民将来(そうみんしょうらい)
 夏越の祓には茅の輪の他に、「蘇民将来札」というものを家の入り口に張る風習が長野県などに残っています。この二つは、神話の中で次のように結びついています。武塔の神が旅の途中、ある村で一夜の宿を請うたところ、裕福な巨旦将来はこれを断り、巨旦将来の兄の貧乏な蘇民将来はこれを受け入れて、もてなしました。の後旅の帰りに再びこの村を訪れた武塔の神が宿を与えなかった巨旦将来の一族を皆殺しにしてしまいましたが、その際に巨旦に嫁いでいた蘇民の娘だけは目印として「茅の輪」を腰に付けさせて助けたといいます。そして、蘇民将来には子々孫々疫病から免れることが出来るという福を授けて去っていったと言われます。ということで今でも「蘇民将来子孫」と書いた蘇民将来札を掲げておくと、疫病を免れるるといわれます。また茅の輪をくぐって禍を逃れるというのもこの神話からといわれています。夏越の祓の今日、私も蘇民将来の子孫を騙って、疫病から免れることにしましょうかね?

※ちょっと宣伝
 御陰様で、この記事をベースに、写真などを加えて、
夏越の祓(なごしのはらえ)http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0733.htmとして、Web こよみのページの「暦と天文の雑学」のコーナーに読み物を掲載しております。お暇があれば、そちらのページもご覧下さい。 by かわうそ@暦  (「2021/06/29 号 (No.5386) 」の抜粋文)
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【青田】(あおた) [日刊☆こよみのページ]

【青田】(あおた)
 1.稲が生育して青々とした田。夏の季語
 2.まだ実らない稲田。
 3.無料で興行物を見る人。また、無料。ただ。
  守貞漫稿「京坂観場に銭を与へず看之等を方言にて青田と云ふ。
  今は諸事に銭を与へざるを青田と云へり」
   《広辞苑・第六版》

 田んぼの田の草取りも一段落して、稲の苗が成長して田んぼの面を覆い尽くす様子です。少し前までは水面が見えていた田んぼが、稲の葉が繁りはじめて、徐々に見えなくなってきています。明治以前は、こうした状況になるのは土用の頃だったそうですが、今では稲の品種改良、早稲(わせ)化が進んで、そろそろ「青田の季節」といってもよい頃合いになりました。1,2 の意味に関しては現在目にする田んぼの様子を思い浮かべれば直ぐにそのとおりだと言えるのですが、3 の料金を払わない人を指して言う言葉というのは初めて知りました。お金という「実」が入っていないので青田と呼ぶのでしょうか。

 青田の上を風が渡れば、「青田風」。
 青田の稲の葉が一斉に揺れ動く様は「青田波」。

 青田の上を波となって押し寄せ、駆け抜けて行く風に涼を求める季節が今年もまたやって来ました。(「2021/06/27 号 (No.5384) 」の抜粋文)
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