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【小春日】(こはるび) [日刊☆こよみのページ]

【小春日】(こはるび)
 小春の頃のうららかな日。また、その日ざし。冬の季語。 《広辞苑・第六版》

 旧暦、十月を「小春」、あるいは「小春月」ともいいます。旧暦の十月を「小春」と称したという例は、 6世紀の中国、その国の年中行事を記した荊楚歳時記という書物に登場します。その荊楚歳時記によれば、「天気和暖にして春に似たり、故に小春という」が小春の語源だそうです。旧暦では十月・十一月・十二月の期間が冬とされていましたから、その十月は冬の初めの月ということになります。この時期になると、朝起きると草の葉や木の枝が霜によって白く染まっていることがあります。北国では、初雪や初氷の知らせも届くようになります。これからしばらくは、寒い日々が続くことになります。そんな寒い日々が始まる初冬の時期に、ふと訪れる穏やかな晴天が小春日です。暖かな日が続く季節なら、さほど有り難みを感じないこんな日が、日増しに寒さのつのるこの季節にあっては有り難い一日となります。今朝の天気はと外を見ると、今朝は雲一つ無い・・・こともありませんが、雲一つか二つくらいしか浮かんでいないよい天気。今日はうららかな小春日となりそうです。ともすれば忘れてしまいがちな、暖かな陽差しの有り難さに感謝する一日にしたいと思います。(「2020/11/28 号 (No.5173) 」の抜粋文)
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【星の入東風】(ほしの いりごち) [日刊☆こよみのページ]

【星の入東風】(ほしの いりごち)
 (畿内・中国地方の船人の用語) 陰暦10月中旬に吹く北東風。冬の季語。《広辞苑・第六版》

 船乗りにとって海上での風の急変は恐ろしいもの。そうした関係から、風の名前には船乗り達の用語として生まれたものが数多く有りますが、これもその一つで「星の出入り」とも言う、陰暦十月の頃に吹く北東からの強い風の呼び名です。本日2020/11/23は陰暦で表せば10/9。この風の吹く季節ということになります。

◇星は「すばる」?
 江戸時代の全国の方言を集めた辞書、『物類称呼』は「星の入東風」について次のように説明しています。

  「十月中旬に吹く北東の風を星の出入りといふ。夜明けにすばる星西に入時吹也」

 なるほど、出入りする「星」はすばる(昴)星なんですね。昴は、おうし座のプレアデス星団と呼ばれる天体で、枕草子でも「星は昴」と名をあげられた星(星々)です。肉眼でも4~7個程度の星が集まって見える星団で、「すばる」という名前は星が集まっている星、「統べ(すべる)星」から生まれたとと云われる星です。それぞれの星を見ればあまり明るい星は無いのですが、特徴的で見分けやすい姿からか、古くからよく知られた星でした。昔の船乗り達もこのよく知られた星を航海する際に利用していたのでしょう。これを書いている時期ですと、昴は大体日暮れの頃(17時頃)に東の空から昇り、日の出の頃( 6時半頃)西の地平線(海の上なら水平線)に沈んで行きますから、『物類称呼』の説明のとおり「夜明けにすばる西に入る」のが今の時期と云うことになります。現代風に考えると、この季節には冬の移動性高気圧が接近し、天候が急変することのある季節であると言えるでしょう。それを昔の人はこの季節には、昴星が西に沈む夜明けの頃に、急に風の様子が変わり、北東から強い風が吹き出すことが有るから、気をつけろと昴星の見える位置によって判別していたわけです。天気予報など出来なかった昔の船乗り達の知恵が生み出した知恵、それがこの「星の入東風」なのでした。ちなみに、本日の東京付近での昴星の出没と日出没の時刻は

  昴出 16時20分頃 昴没 6時30分頃
  日没 16時30分  日出 6時24分

 なるほど、確かに。海辺に出かける際には強風に注意ですね。

※参考『物類称呼』(ぶつるいしょうこ 越谷吾山著 1775年刊)

                          (「2020/11/23 号 (No.5168)」の抜粋文)
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【時雨の色】(しぐれの いろ) [日刊☆こよみのページ]

【時雨の色】(しぐれの いろ)
 時雨のために色づいた草木の葉色。 《広辞苑・第六版》

 春と秋は様々な点で比較されることの多い季節です。野山の鮮やかな彩りという点で、春と秋はどちらも艶やかな季節。その点でも比較の対象となる季節のように思います。野山の彩りという点で言えば、春と秋の間にある夏や冬はというと、夏は強い陽射しの下で、その陽射しを満喫するかのように茂る木々の葉、草々の葉緑一色、冬は葉を落とした裸木に幹の黒と霜や雪の白のツートンカラー。どちらも様々な色の溢れる季節という印象は薄いです。春と秋はと言えば、木々も草々もそれぞれ異なった、様々な色を見せます。まるで、それぞれの木々が草々が、自分の存在を顕示したいかのように。様々な色を見せる春と秋ですが、それぞれの彩りの主役はと言うと二つの季節では春は花の色、秋は葉の色と異なっています。「時雨の色」は秋の色の主役となる草木の葉の色を言い表した言葉です。時雨は晩秋から初冬に降る雨の名です。時雨そのものに色を見つけることは難しいですが、その時雨の降る野山に目を向けるとそこには色とりどりの草木の葉。まるで時雨が降ることによって草木の葉が様々な色に塗り分けられて行くかのようです。今、季節は初冬から仲冬へと移る頃。野山の色も時雨の色から黒白二色の冬の色へと間もなく変わる頃です。(「2020/11/19 号 (No.5164)」の抜粋文)


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【帰り花・返り花】(かえりばな)

【帰り花・返り花】(かえりばな)
 1.返り咲きの花。狂い花。忘れ花。冬の季語
 2.遊女・歌舞伎役者などが2度目の勤めに出ること。
  《広辞苑・第六版》

 本来なら春の頃に咲く、桜や梅、躑躅や山吹などが小春日の頃に花を咲かせることがあります。この花のことを帰り花と呼びます。寒さがやってきてそれが不意に途切れ、ぽかぽかした陽気となる小春日に、うっかりと冬が終わって春になったと勘違いして咲くのでしょうか。私の和歌山の自宅の近所の山に、毎年なぜかこの季節になると花を咲かせる躑躅の木があります。春にも間違いなく花をつけるこの躑躅ですが、冬になるとまた花を咲かせます。この返り花に気が付いたのはもう二十年以上も前のことですが、それから毎年律儀に「帰り花」を咲かせ続けています。回りにも同じような躑躅は生えているのですが、他の躑躅は冬に花をつけることなど致しません。周囲からちょっと浮いた感のある変わり者の躑躅が二度目の花を咲かせるようになると、いよいよ年も終わりに近いなと近年では思うようになりました。先日、現在の職場の近く(東京都)の公園を歩いていたら公園の一角に花を咲かせた皐月がありました。その花を見ながら、和歌山の家の裏山の躑躅のことを思い出しました。きっと今頃は今年も律儀に花を咲かせていることでしょうね。(「2020/11/14 号 (No.5159) 」の抜粋文)
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地始めて凍る(七十二候) [日刊☆こよみのページ]

□地始めて凍る(七十二候)
 立春から次の立春まで一年を72に細分した七十二候も第56候「地始めて凍る」となりました。二十四節気は中国から伝来したままの姿ですが、七十二候は日本化が進んで中国から伝来した頃のままのものは少なくなっていますが、地始めて凍るはその少なくなったものの一つです。七十二候の言葉の日本化が進んだのは、七十二候の言葉の多くが天文現象や暦学的な意味の言葉ではなくて、ずっと私たちに身近な身の回りの動植物の生育の度合いや、気象現象を表す言葉によってしめられていると考えられます。中国の大陸内陸部と海に囲まれた日本との違いは大きく、そのままでは違和感が大きすぎたため、日本化が進んだと思われます。二十四節気や七十二候が生まれた中国の内陸部(現在の中華人民共和国山西省太原市付近)と長く日本の都があった京都付近の11月中旬の平均気温を比べて見ると -1℃と 9℃と10℃ほども違いがあります。こんなに気温が違っていては、身の回りの様子も大分違っていて当然です。

◇「地始めて凍る」はなぜ生き残った?
 では今の時期、一日の平均気温が10℃も違う中国内陸部で生まれた七十二候の中で「地始めて凍る」が使われ続けたのはなぜでしょうか?不思議な気がしたので、考えてみました。まず、本家中国の話しですが、先程の太原市付近の現在の一日の平均気温は大体-1℃ほどです。平均気温が-1℃ということは、一度凍った氷はほとんど一日中融けることなく凍っていることになります。あとは、春まで凍りっぱなしというところでしょうか。これなら「地(地上)始めて凍る」と言いたくなる気持ちもわかります。では太原市付近より10℃も平均気温が高い日本(ひとまず日本代表は京都と考えます)で、なぜこの言葉が生き残ったのか?もしかすると「始めて凍る」という言葉を「始めて氷が張った日」というような意味でとらえたのではないでしょうか。または、「地始めて凍る」から「初霜の日」を連想したのかも知れません(霜が降りた朝の様子を思い浮かべれば、大地が凍ったように見えますね)。そう考えて以前、京都の初氷と初霜の平均日を調べたことがあって、その資料が私のメモファイル集に残っていました。元となったのは京都府のサイトだったのですが、本日確認したところ、既に削除されており、今は見ることが出来ませんでした。残念でしたが、そのサイトがあった頃に書き残したメモによると京都の初霜と初氷の日付の平均は

  初霜 ・・・ 11/15
  初氷 ・・・ 11/28

 こうしてみると初氷の日付では少々遅すぎますが、初霜なら時期的にぴったり。あの霜の降りた地上の姿を見て「地が凍っている」と私と同じ感覚を昔の人も持っていたとしたら、初霜の日を地始めて凍る日ととらえてもおかしなことはありません。この「地始めて凍る」という七十二候の言葉が日本でも定着したのは、ひょっとして「地が凍る」という言葉を本家中国とは違った形で解釈してしまったためではないでしょうか。日本と中国で言葉の解釈が違っていて、その違った解釈の結果、時期は同じでぴたりと暦の中にはまったと考えるとその多くが日本化して言葉の変わった七十二候の中にあって、「地始めて凍る」が生き残った理由が判る気がします(さて、本当かな?)。

◇中国内陸部って、どれくらい寒いの?
 さて、七十二候の生まれ故郷と目される中国の内陸部ってどれくらい寒いのか。11月半ばの日平均気温がおよそ-1℃というのは判りましたが、これではあまり実感がわきません。これに近い、もう少し身近な例は無いかと調べてみると、日平均気温が-1℃というのは、札幌市の12月の値とほぼ同じということが判りました。寒がりな私から見たら、11月の札幌だって「死んじゃうほど寒い所」だと思っていたのに、それより寒くなる12月の札幌並の寒さに11月半ばですでになっているとは。何とも怖ろしい。
「地始めて凍る」が大地が本当にカッチンコッチンになるのを意味する中国の内陸部ではなく、せいぜい霜が降りて大地が凍っているように見えるという日本に生まれて本当によかったと思ったカワウソでした。

※参考までに、昔私の見た京都府のサイトのURLは以下のとおり。
 → http://www.pref.kyoto.jp/noukenkyu/1182477176112.html
 
 記事本文にも書いたとおり、京都府のサイトからは既に削除されてしまっページですが、過去のWeb の姿が保存されているInternet Archiveで該当するURL のページの在りし日の姿を確認できます。先ほど見たら、2011/11/6の状態のこのページを見ることが出来ました。それにしても、どれくらいの分量の記録が残っているのだろう、このアーカイブには・・・(「2020/11/12 号 (No.5157) 」の抜粋文)

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聖護院蕪、あきしの大根、収穫! [菜園便り]

201109no1.JPG
聖護院蕪の畝、除草。序に蕪を間引く。大小ありますが、マアマアの出来具合です。
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【時雨】(しぐれ) [日刊☆こよみのページ]

【時雨】(しぐれ)
 (「過ぐる」から出た語で、通り雨の意)
 1.秋の末から冬の初め頃に、降ったりやんだりする雨。冬の季語。
  万葉集8「時待ちてふりし時雨の雨止みぬ」
 2.比喩的に、涙を流すこと。「袖の時雨」
 3.一しきり続くもののたとえ。「蝉時雨」
 4.小督局(こごうのつぼね)の用いた琴の名。
 5.本阿弥光悦作の名物茶碗の名。
 6.時雨羹(しぐれかん)の略。
 7.時雨饅頭(しぐれまんじゅう)の略。
                                 《広辞苑・第六版》

 本日は2020/11/1、七十二候の「小雨時々降る」の最後の日(10/28~11/1)です。ここで云う「小雨時々降る」という雨は時雨です。時雨は晩秋から初冬にかけて、晴れた空が急に雲が広がり降りだす雨です。急に降り出したかと思うと急に止むのもこの雨の特徴。降っては止み、止んではまた降る雨脚の軽い通り雨です。雲の動きにあわせて行き過ぎる雨は、秋から冬へと変わって行く季節の姿のようです。晩秋から初冬に降る雨ですから、時雨は冷たい雨。気温が更に下がって行くと時雨はやがて霙(みぞれ)となり、更に寒さがつのれば、雪へと変わって行きます。時雨が去った後に残された濡れた枯れ草の色は、彩り豊かな秋を締めくくる色なのかもしれません。「小雨時々降る」時節の最後の人なる今日の天気は晴れ。とはいえ、時雨は晴れた空かが一変して降り出すことのある雨。今は晴れていますが、もしかしたら時雨が濡らした草の色を見ることもあるかもしれません。(「2020/11/01 号 (No.5146)」の抜粋文)

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