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稲葉の猿子 [日刊☆こよみのページ]

稲葉の猿子
 月遅れの盆が過ぎると、夏も終わりだなという思いをひしひしと感じずにはいられません。私が生まれ育った福島県の真ん中辺りの小学校の夏休みは7/21~8/20の1ヶ月間でした(私が愛らしい小学生だった頃はね。今はどうかな?)から、月遅れの盆が終わると、嬉し恥ずかし(?)、そして楽しい夏休みの終わりが目前。小学生の頃の私にとって、夏休みとは夏そのものとも言えるものでした。その夏休みも月遅れの盆が終わる頃に終焉を迎える。始まるときには無限に続くかと思えた夏そのものといえる夏休みがもうすぐ終わってしまうという恐怖、絶望感。子供の頃のその強烈な思いが今も色濃く私の記憶の中に残っているため、この時期になると「夏が終わる」と思えるようになってしまったのでしょう。「稲葉の猿子」とは稲葉についた露が下から上へとのぼる現象を指す言葉です。夏の終わりを感じてやるせない思いのまま目覚めた8月終わりのある朝に、そんなやるせない思いの私を慰めてくれたのが「稲葉の猿子」でした。私の生まれ育ったところは田舎で、周囲には一面の田圃が拡がっていましたから、夜明け前に雨が降ったような日や朝露が残っているような日には、猿子の着いた稲葉は無数にありました。そんな無数にあった稲の葉についた露を眺めていると不思議なことに、その露の水滴が、ツツッと上方に動いて行くことがあることに気が付きました。葉の下方へではなく、上方に向かって動いて行くのです。本当に、稲葉を昇っているかのように。昔の人はこの稲葉を登ってゆく水滴を猿の子に見立てて「稲葉の猿子」と呼んだのでしょう。この子猿たちが稲の葉を登るのは、稲の葉が有るか無しかの風に揺れた直後のこと。葉についた沢山の露が、スルスルというか、ツツーッと見事に登って行くのでした。面白いので人工的に登らせてみようとそれらしい状況を作り出して見てもうまく登ってくれません。案外に気むずかしい猿たちです。実は、この現象に「稲葉の猿子」と呼ばれていることを知ったのは大人になってからでした。気象学者の倉嶋厚さんの本の中で、この現象が紹介されていたのでした。倉嶋博士の説明によれば、露と露が合体する際、稲葉は上向きのキザキザがあるため、合体が上へ上へと向かって進むのがこの現象なのだそうです。なるほど、まだピカピカの少年だった私が見たあの現象は、こんな原理で起こっていたのですね。夏休みの終わりを感じて絶望感に浸っていた私でしたが、そんな私も稲葉の猿子の不思議な動きに目を奪われた一時は、絶望感すら忘れることが出来ました。大人になってしまい、周囲に見渡す限りの田圃のある環境でもなくなった現在、相変わらず盆が過ぎると夏の終わりの絶望感だけは思い出してしまう私を、あの頃の猿子の様に救ってくれるものは、何か無いかな・・・(「2019/08/17 号 (No.4704) 」の抜粋文)


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